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| 目標達成に向けて汗を流す! |
 県議時代、私は有権者のみなさんに対して自ら掲げた政治公約『6つの柱』を実現するべく、日々活動を展開してきた訳だが、とりわけ未来ある子どもたちの健全育成に絶対不可欠な教育施策、福祉施策の充実には特段時間と労力を注いで、神奈川県内を東奔西走してきた。現在、私は議会における発言権を有していないが、この実現に向けての取組みは、バッジを付けていようがなかろうが、自身のライフワークに位置づけ地道な活動を展開していくと考えている。
さて、午前中発達障害を抱える子どもたちに対して、従来とは異なる画期的な支援活動を行っている仲間をお誘いして、久々県教育委員会に足を運び、支援教育部の志摩尚平部長、笠原陽子・子ども教育支援課長、伊藤大郎・特別支援教育課長のお三方とお会いした。
申し上げるまでもなく人口900万を超える神奈川県においては、たくさんの子どもたちがそれぞれの地域で日々生活を営んでいる。子どもの数が多いこと・・・それは少子高齢時代にあってこの上ない最良の財産である。しかし、数が多いだけ必然的に期せずして障がいを抱える子どもたちの数も多くなる訳であり、特に私の地元・青葉区をはじめ未だ人口が微増傾向にある横浜北部、川崎北部では、様々なハンディキャップを有する子どもたち1人ひとりに対して適切な教育を与えていくことは、待ったなしの重要課題なのである。
思い起こせば志摩部長はじめ両課長とは、これまでどれだけの時間を割いて熱い議論を重ねてきただろうか。所管である文教常任委員会に属した時分はもちろん、これからの時代に相応しい支援教育の充実を図るため、中でも懸案となっている横浜北部地域における養護(特別支援)学校を建設する課題に関しては、心ある協力者のお力もお借りしながら、目標達成に向けて互いにでき得る限りの努力を積み重ねてきたのだが、土地の高価などいくつかの高いハードルが実在することもあり、現職時分にその実現は叶わなかった。
議会から遠ざかってほぼ1年が経過したが、私の横浜北部に養護(特別支援)学校を建てるとの思い・願いは些かとも変わっていない。どんな立場にあろうとも、より多くの理解者・協力者を得て目標達成に汗を流すとの意思をお伝えして、いま私に与えられている責務を果たすため川崎に歩を進めた。
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| 「元気市」の活動を通じて |
今日は2月の第3日曜日・・・という訳で、恒例のたまプラーザ中央商店会(佐藤恒一会長)主催による「軽トラ!元気市」が美しが丘公園で開かれ、私も商店会の一員として手伝いに携わった。
今回で8回目を迎えることになった「元気市」だが、ここ横浜北部地域は見事なほどに雲一つない晴天に恵まれたものの、よりによってこの冬一番の寒さに見舞われたことから、果たしてどれだけの数の人たちが足を運んでくれるだろうか・・・関係者一同、一抹の不安を抱いていた。が、タウン誌にイベント情報を掲載したり周辺エリアに告知ちらしを配布したりなど、商店会のみなさんの並々ならぬ努力が実を結び、「元気市」そのものが美しが丘、新石川をはじめとした地域の住民から高く認知されつつある証なのだろう。寒空の中、「ちらしを見た」という人たちが数多く集まって下さった。
その甲斐あって、新鮮野菜を提供している近隣農家、地元で評判の飲食店といった毎回出店されているテナントだけでなく、東日本大震災で甚大な被害を受けた福島県から駆けつけたという初出店のテナントも含め、多くの“軽トラ”(お店)が「すべて完売」という輝かしい成績を収める形となった。
メンバーの一員に加えて頂いたものの、私の場合、佐藤会長はじめ幹部のみなさんのように、日夜商店会のさらなる発展を期して地道な活動を展開していると、胸を張って言えた状況になく、加えて頂いた以上はもっともっと貢献しなければならないと痛感しているところであるが、今日も特段大きな力になれたとは思っていない。ただ、今回の素晴らしい成果を目の当たりにして、少なくとも月に一度、この「元気市」の日は常に積極的に参加して汗を流し、商店街のみならずたまプラーザの街の活性化により一層寄与していきたい・・・そんな思いを一層強くした1日だった。
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| 仲間の活動を支えながら勉強中! |
数多くの支援者の方々の心強いご支援と、さらには家族のありがたい理解に支えられ、私・大井康裕は真の「地域主権型社会」の実現を断行するべく、自身の政治活動を本格的に再開したことを、前回のブログでお伝えしたところだが、ただ、“現職”の議会人でないということ、すなわち無職の立場であるが故に、政治活動もさることながら、家族といっしょに日常生活を送っていくためにはまず仕事を得なければならない、働かなければならないのだ。
その私だが、先月から友人である福田紀彦君のスタッフの一員に加わることとなった。ご存知の方も多いと思うが、彼は平成15年春の統一地方選挙で共に初陣を飾り、以来、国政に任せることなく新たな時代に相応しい新しい政治スタイルを築いていくとの共通認識のもと、議会活動を共に展開してきた仲間の1人である。
福田君は、平成21年秋に実施された川崎市長選挙に独自のマニフェストを掲げて挑戦、現職候補と接戦を演じたものの、残念ながら敗れたという経験を持つ。しかしながら、どうしても首長として郷土・川崎の自治体運営に携わりたいとの信念は揺るがなく、次回(来年10月)の同選挙に再挑戦する意向なのだ。
昨年の県議会議員選挙で議席を失って以降、なかなか仕事を得ることができなかった私としては、とても重要なポジションを任されたという緊張感を抱きつつも、何よりこれからの時代に即した地方自治体づくりに参画できるという、実にやりがいのある仕事を与えてもらったと感謝しており、当面は福田紀彦の目標達成に向けた支援活動に注力しながら、その支援活動を通じて、私自身もさらに成長していきたいと純粋に感じながら、行動に移したところである。
今日に至るまで、多くのみなさんに多大なるご心配とご迷惑をおかけしたことを改めて深くお詫び申し上げると共に、大井康裕の決断に対しては、どうか温かくご理解賜りますようよろしくお願い申し上げます。
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| 前回ブログを書いたのはいったいいつだったろうか・ |
前回ブログを書いたのはいったいいつだったろうか・・・ 開設者である当の本人がすっかり思い出すことができないくらい、本当に長らくブログ更新をするのを怠ってしまった。
いわゆる浪人の分際故、パソコンのキーを叩いて原稿を書くだけの時間は十分にあった。何より昨今の政治情勢、とりわけ国民感情を逆なでし続けている永田町の話題を耳にするたび、どう表現したら良いのかわからないほどの憤りを覚え、一介の政治家として自身の考えを堂々と発信しなければいけないと思いながらも、どうしてだろうか、何故か行動に移すことができなかった。
私はことあるごとに、政治家は常に自身の言葉で情報発信をし続けなければならないと、力説してきた。確かに様々な理由や事情があった訳だが、いずれにしても私自身が政治家としての使命を怠ったことに狂いはなく、拙い文章ではあるが、私の心からのメッセージに期待を寄せて下さっているすべての方々に対しては、心から深くお詫びを申し上げる次第である。
さて、平成24年という新しい年がスタートして1ヶ月が経過した今、私は心を入れ替えて再び自分自身の率直な思いや考えを発信することを決意した。もちろん現在、私は現役の神奈川県議会議員として活動していた時代、すなわち自身の意思で自由に活動・行動ができた時分と明らかに異なる環境で生活していることから、あのときのように毎日毎日という訳にはいかないが、「地方が良くならなければ、国が良くなるはずがない!」・・・何より住民本位の新たな政治スタイルを確立するため、折を見て忌憚のない本心を発信していきたいと考えている。
皆様には、ぜひ私・大井やすひろのメッセージを素直に受け止めて頂き、できれば同様に素直なご意見・ご感想をお寄せ頂ければ幸いに存じます。何卒ご理解ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
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| 11/11/20 軽トラ元気市! |
11月の第3日曜日とあって、地元・美しが丘公園ではたまプラーザ中央商店会(佐藤恒一会長)主催による恒例「軽トラ元気市!」が開催されました。
このたび私・大井やすひろは、佐藤会長ら幹部の方々のご厚意により同商店会の一員に加えて頂いたものですから、今回からスタッフの1人として運営に参画することになり、朝の9時から14時まで本部にて受付業務を担当しました。
昨日の荒天と打って変わって晴天に恵まれた今日、元気市!にはたまプラーザ界隈にお住いの多くの人たちが集まって下さり、おかげさまで出店したお店のほとんどが完売状態になりました。
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